P News Letter Vol.2
last update : 1999/12/05

19800407@中野サンプラザ
以下、非公認FC会報「P NEWS LETTER Vol.2」(19800527発行)から転載。
一部固有名詞の表記を修正した他は原文のまま。
ルポルタージュの後半に、実際と順序が入れ替わっていると思われる部分がありますが、掲載文を優先しました。

*同会報は発行部数2000部。会員への郵送の他、Pのライヴなどで配られた。

4月7日のサンプラザで何が起こったか、観に行った方はもちろん、噂という形で聞いた方も含めて皆様の大部分が御存知だと思います。私はこの出来事をセンセーショナルにとりあげるつもりは毛頭ありません。しかし意味のない事を考えたり、無視すべき事だとも考えません。
起こった事は事実として素直に受けとめるべきですが、今回の出来事は、日本のロックの状況を、様々な意味で、それぞれの立場で考え直す材料を与えてくれていると思います。以下に、ルポルタージュと、関係された方々のコメントを載せます。
快く取材に応じて下さった関係者の皆様に、深く感謝いたします。
大塚明

ルポルタージュ

5時10分、正面階段の上にいると、P-MODELのリハーサルをやっているのが聞こえる。開演予定の6時には、まだ少し時間があるが、ロビーはかなりにぎやかだ。やはり、いちばん多いのはハイティーンの男女で、中には小学生ぐらいの男の子や、中年のおばさんもいる。手製のP.BADGEをつけた人も見られる。人はどんどん増えていって、階段がいっぱいになってしまったが、リハーサルが遅れたとかで、予定の5時半になっても入れない。6時近くになって中に入ると、1階は後ろまで人が座っていて、2階もかなりの人がはいっていて、ほぼ満席だった。

6時半頃、ヒカシューの演奏がはじまった。巻上さんはリラックスした感じで、海琳さんとの動きも良くあっていた。演出もなかなか凝っていて、構成のしっかりした、まとまったコンサートだった。ヒカシューが終わって、舞台が暗くなると、アンコールがおこりかけたが、白いコスチュームを着た女の人が舞台の下手のはじでパントマイムをやり出したので、やんでしまう。マイムは、2〜3分の短いもので、風船で空へ上がっていき、やがて自由に空を飛び回る――といった内容らしい。マイムの女性がひっこむと、準備して待っていたP-MODELが演奏を始めた。

平沢さんは観客に半ば背を向けて、キーボードをひきながら静かに「オハヨウ」を歌った。あいさつも、曲の紹介もなく、演奏だけが次々と続いていく。オハヨウ、ダイジョブ、ホワイト・シガレット、「ラヴ」ストーリー、ミサイル、ドクター・ストップ、タッチ・ミー、ソフィスティケイテッド。この間で演出らしきものといえば、「ミサイル」でバックに蛍光灯が幾本もついて、ミサイルのように上昇していった、というぐらいのものである。「ソフィスティケイテッド」が終わると、メンバーは一度退場、明りの消えたステージに「地球儀」が流れてきた。それからメンバーが出てきて、「I AM ONLY YOUR MODEL」をやりはじめた。田井中さんがいないのでどうしたのかと思っていると、飲み物をもって走ってきて、途中から叩きだした。ヘルス・エンジェル、リトルボーイ、ワンウェイラヴ、それまで立って踊っていた人達は数人だったが、「MOMO色トリック」で少し増えた。「MOMO色トリック」が終わったとき、初めて平沢さんが口を開いた。
「こんばんは、P-MODELです。僕達は皆さんの血のにじむような1800円をダシにして、今夜大ボラをふきました。このつぐないはきっとします……。次は最後の曲です。『異邦人』」

「異邦人」が終わって、楽屋にひきあげかけたP-MODELに、アンコールの拍手がおこった。そこへヒカシューの面々が登場。「ヒカシューです!!」 メンバー全員おじぎをした。巻上さんは後ろを向いたまま、そっくり返って。場内にART BLINDが流れ、先程のマイムの女性が出てきて、それにあわせて踊り出した。ミラーボールが雪でも降るようにちらちらと会場中をめぐっていた。それにつれて客席のライトが少しづつ明るくなった。

「ART BLIND」が終わると、またアンコールの拍手がはじまった。時間は8時15分。ライトが完全について、コンサート終了のアナウンスが始まっても、アンコールを求める声は続いている。しばらくたって、一部の観客がもうあきらめて帰りだした頃に、P-MODELが姿をあらわした。歓声と共に観客はどっと前に駆け出した。女の子が2人、舞台上手側の通路から、正面に走りよろうとして、警備員に(紺のスーツ)突きとばされた。女の子は逃げようとしたが、警備員は「おとなしく帰れ、このやろう」と言いながら、突きとばし続けた。観客の男が、その間に割って入り、警備員に抗議した。女の子が警備員に乱暴されているのを見た平沢さんは舞台からとびおり、他の警備員(白いTシャツ)ともみ合いになった。

しかし平沢さんは、すぐに舞台に戻り、ギターをとって「子供たちどうも」を演奏しはじめた。ギターは切ってあったらしく、イントロの大半は生音だけ。それでも観客は総立ちで手を叩き、リフの「どうも どうも」の部分では観客の歌う声の方がPAより大きかったくらいだ。
警備員はイスに乗っている人達を降ろそうと懸命だった。

「子供たちどうも」の後半、ブレイクの前にさしかかったあたりで、突然巻上さんが下手のほうから走り出、中央(秋山さん)のマイクをとって何か叫んだ。この時の録音を聞いてみると、「拍手なんかするな!」と言っていたようだ。そしてスタンドごとマイクを床に叩きつけた。海琳さんも出てきて、観客の投げたP-MODELのビラを破き出したが、2人共すぐにスタッフにひっぱられてつれていかれた。
演奏がおわると、幕がすごい勢いでおろされた。アンコールを求める声はまだやまない。

「本日の公演はすべて終了しました」という放送が何度も流され、係員が「今日の公演はこれで全部です。すみやかに帰りなさい」とくり返しどなっている。少しづつ人数は減っていくが、拍手は続いている。1人のカメラマンが舞台にあがってその様子をとろうとすると、「カメラマン ひっこめー」と数人が叫んだ。
「オハヨウ」が流れてきた。幕がするすると上がったので わあっとどよめきがおこったが、舞台は装置を片付けている最中で、ドラムの台しか残っていない。いつの間にか、拍手もやんでしまった。
「帰りなさい」という係員に、誰かが「キョードーひっこめー」と言う。1人が「アンコールやらないなら1800円返せー」と叫び、一時は「金返せ、金返せ」の合唱になった。
客はかなり帰ってしまったが、「P-MODELを出せー」という声が、あちこちで上りはじめた。近くにいる女の子は、そう叫んでいる人に、「なんでP-MODELばっかりいうの。ヒカシューがかわいそうじゃない」と言っていた。中にはヒカシューのアンコールを求めていた人もいたのだろう。

P-MODELの4人が出てきて、平沢さんが何か言おうとした。「マイク渡してやれよー」と誰かが叫ぶ。平沢さんはそのまま何かしゃべりだしたが、よく聞こえない。「何を言っているのか良くわからない」「マイク渡してやれよー」 メガフォンが手渡され、平沢さんはゆっくりしゃべり始めた。
「今日はアンコールをしない予定だったのですが、P-MODELが、みんなとの約束を破って、勝手にやってしまったんです。今日はこのままだまって帰って下さい」
秋山さんは何度も何度もおじぎをする。皆が帰ろうとしないでいると、2階から女の子が叫んだ。「ねえ、みんな、今日はもう帰ろうよ。P-MODELがかわいそうだよ。今度小さい所でやった時、又アンコールすればいいじゃない。ねえ、だから、今日は帰ろう」

舞台は後片付けが進み、ほとんど何も残っていない。P-MODELの4人は観客に深くおじぎをして、楽屋にひきあげた。観客はゆっくりと出口にむかって歩き始めた。


平沢進さんのコメント
巻上公一さんのコメント

キョードー東京 成田さんのコメント
読売新聞 寺村さんのコメント


ルポは、P.P.P.のスタッフが実際に見たことを中心にまとめました。あのような混乱状況を文章で再構成するのは不可能に近いことなのですが、事実を事実として記すべく、出来るだけの努力をしたつもりです。もし時間経過等に誤りがありましたら、お知らせ下さい。

取材スタッフ・大塚、香村、勝田、小澤
REPORT
4月7日 サンプラザ


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